このような病気
人は体を動かす時に、脳からの運動指令が運動神経を通じて電気的に伝えられ、その神経の先端からアセチルコリン(ACh)という神経伝達物質が放出され、筋肉の表面にあるアセチルコリン受容体(ACh-R)にAChが結合すると筋表面に電気的な変化が生じ筋肉が収縮するということが起こっています。ちなみに運動神経の先端と筋肉表面が接している部分を神経筋接合部と言います。重症筋無力症は、多くの場合神経筋接合部のACh-Rに対する自己抗体(※)が生じることによりACh-Rの働きが妨げられ筋肉の収縮が起こりづらくなるために生じる病気です。またACh-R以外にも筋肉の収縮に関与する筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)に対する自己抗体が生じて起こることも明らかになってきています。これらの自己抗体がなぜ生じるかの詳細についてまだ分かっておりません。
重症筋無力症の有病率は2006年の時点で人口10万人あたり11.8人、2018年では人口10万人あたり23.1人と増加傾向にあります。男女比は1:1.7と女性に多い傾向にあります。発症年齢は5歳未満に一つのピークがあり、女性は30〜50歳代に、男性は50〜60歳代にピークが見られます。
※抗体は体の中に入ってきた異物(細菌やウイルスなど)を排除するために、その異物に対して限定的に結合する物質です。抗体が結合することによって白血球など体を守る働きをする細胞の働きを助け、異物を壊したり機能しなくしたりする働きがあります。自己抗体は、本来異物に対してしか働かない抗体が自己の体の特定の組織に対して結合するように作られてしまった物質で、その特定の組織を壊すように働いてしまいます。このような自己抗体が関与する病気を自己免疫疾患と呼んでいます。
症状について
重症筋無力症の一般的な症状は、筋肉(骨格筋)の、日内変動があり休息により改善する筋力低下と易疲労性(疲れやすさ)です。特に上瞼や眼を動かす筋肉の障害による眼瞼下垂(瞼が下がる)や複視(両眼で見ると物が二重に見える)の症状が出やすいです。他にも腕や脚の筋肉、特に胴に近い部分の筋肉の障害が見られ、歯磨きや洗髪の時にだんだん腕がだるくなる、階段の上りやしゃがんだ姿勢からの立ち上がりに困難を感じます。食べ物を噛む時や飲み込む時、言葉を発する時に使われる筋肉も障害され、飲み込みづらさや言葉が不明瞭になる事が起こります。呼吸筋が障害されると呼吸する力が弱くなり呼吸不全となることがあります。最初に現れる症状は、一般的に眼瞼下垂や複視などの眼の症状が多いです。診断について
重症筋無力症の診断は、日内変動や易疲労性を伴う症状(眼瞼下垂、複視、嚥下障害、構音障害、四肢・体幹筋力低下など)、自己抗体(ACh-R抗体やMuSK抗体)の測定や生理学的検査(塩酸エドロホニウム試験、反復茂樹試験、単線維筋電図)の検査結果や似た症状を呈する病気の除外から行なっています。また後述する治療法に関係してくるため、胸部CT検査で胸腺腫の有無を確認します。治療法について
重症筋無力症は自己免疫疾患であるため、治療の基本は免疫治療となります。また対症療法も補助的に行われます。免疫療法には、副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬の投与、免疫グロブリン大量静注療法、血液浄化療法があります。対症療法には、抗コリンエステラーゼ薬を用います。標準的な治療として、副腎皮質ステロイド薬の内服を行いますが、治療開始時に症状が一時的に悪くなる(初期増悪)可能性があるため、少量から開始し徐々に用量を増やしていく方法がとられます。症状が改善したら、副腎皮質ステロイド薬を徐々に減量していきます。しかし、完全に中止することは難しく、多くの場合、副腎皮質ステロイド薬の服用は長期に渡ります。副腎皮質ステロイド薬は有効な薬剤ですが消化性潰瘍や糖尿病、高血圧、骨粗鬆症などの副作用が生じる可能性があります。副作用が考えられた場合はこれらに対応する治療を行っていきます。さらに免疫抑制剤を使用することもあります。免疫抑制剤の投与により症状の改善が得られたり、副腎皮質ステロイド量を減量できることがあります。嚥下障害が目立つ場合や呼吸不全が見られるなど、症状が重篤な場合で早期に症状の改善が必要な場合には免疫グロブリン大量静注療法や血液浄化療法が選択されることがあります。胸部CT検査で胸腺腫が認められる場合には、胸腺腫がACh-R抗体の産生に関与していると考えられているため胸腺腫を摘出する手術が行われます。重症筋無力症の長期予後は免疫治療の普及で改善してきており、日常生活や仕事に支障がない程度の状態に改善するのは50%以上となってきていますが、完全寛解(1年以上症状がなく、この間にいずれの治療も受けていない状態)に至るのは依然として20%未満となっています。
